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最高裁判所第一小法廷 昭和54年(行ツ)39号 判決 1984年11月29日

昭和五四年(行ツ)第三九号事件上告人・附帯被上告人

中村ハル

外一一名

右一二名訴訟代理人

榊原孝

昭和五四年(行ツ)第四〇号事件上告人

岩手県知事

中村直

右訴訟代理人

石川克二郎

昭和五四年(行ツ)第三九号事件被上告人・

附帯上告人兼同第四〇号事件被上告人

中村吉太郎

右訴訟代理人

壇崎喜作

松本晃平

主文

原判決中第四〇号事件上告人敗訴部分を破棄し、右部分につき同事件被上告人の控訴を棄却する。

原判決中第三九号事件上告人ら敗訴部分のうち土地所有権確認請求に関する部分を破棄し、右部分につき本件を仙台高等裁判所に差し戻す。

原判決中第三九号事件上告人中村ハル敗訴部分のうち建物所有権確認請求に関する部分につき本件上告を却下する。

本件附帯上告を棄却する。

破棄部分中控訴棄却部分に関する控訴費用及び上告費用は第四〇号事件被上告人の、上告却下部分に関する上告費用は第三九号事件上告人中村ハルの各負担とし、附帯上告費用は附帯上告人の負担とする。

理由

第四〇号事件上告代理人石川克二郎の上告理由及び第三九号事件上告代理人榊原孝の上告理由一について

一本件について原審の確定した事実関係は、次のとおりである。

亡中村岩太郎(第一審における参加人・反訴被告、以下「岩太郎」という。)は、昭和二一年三月一一日、盛岡市厨川地区に所在する旧陸軍の観武ヶ原練兵場跡の未墾地の開拓事業に入植を許可され、以後、妻である中村ハル(第三九号事件上告人・附帯被上告人、以下「ハル」という。)とともに本件土地の開墾に従事していた。右両名の二男である中村吉太郎(第三九号事件被上告人・附帯上告人兼第四〇号事件被上告人、以下「吉太郎」という。)は、昭和二五年ころから、本件土地上の岩太郎所有の建物に居住するようになり、妻ミエとともに本件土地の開墾に従事していた。

昭和三一年には、開拓地一帯の開墾がほぼ完了し、岩太郎は、同年一二月本件土地につき厨川地区農業委員会長宛に買受申込書を提出した。その後、昭和三二年二月一一日、岩太郎と吉太郎との連名で、入植名義を岩太郎から吉太郎に変更することの許可を求める入植名義変更許可願が提出され、同年三月四日岩手県農林部長名で許可された。しかし、この間、同農業委員会から岩手県知事(第四〇号事件上告人)宛に、被売渡人を岩太郎とする売渡進達書が提出され、これに基づき、同知事は、売渡期日を同月一日と定めた同月二〇日付売渡通知書を岩太郎宛に発し、同人に対し農地法六一条の規定による本件土地の売渡処分をした。

観武ヶ原等の未墾地の売渡は昭和二七年ころから着手されたが、入植から売渡までに年月がかかるにつれて、当初入植許可を受け耕作に従事していた者が老齢又は病気により開墾又は耕作に従事することが困難となる事態を生ずるようになつた。そこで、岩手県知事は、入植者から売渡前に、老齢又は病気等を理由に入植者の妻子又は子に入植名義を変更したい旨の申請があつた場合には、入植許可名義人と新たに売渡を希望する者との連名による入植名義変更許可願、所属開拓農業協同組合に対する債権債務継承承諾書、新たに入植者となろうとする者が従来旧名義人とともに開拓に従事しかつ将来も開拓を継続しそれを完成し得る見込があるか否かに関する農業委員会の意見書等を建設事務所経由で提出させたうえ、相当であると認められる場合には、岩手県農林部長名で入植名義の変更を許可し、建設事務所長名で所属の開拓農業協同組合長宛にその旨を通知するという行政上の取扱いを、昭和三五年ころまで行つていた。しかし、本件売渡処分については、前記のように岩太郎から吉太郎への入植名義変更が許可されたが、他方、岩太郎を売渡の相手方とする売渡進達手続が先行していたため、同人宛に売渡通知書が発せられたものである。

二原審は、右の事実関係に基づき、前記入植名義の変更の許可は、自作農創設特別措置法(以下「自創法」という。)四一条の二に基づき入植地の一時使用をしている者に対し、売渡を受ける前にその地位を譲渡することを許容し、新名義人につき、将来自作農として農業に精進する見込があるものとして、旧名義人が耕作してきた土地について、旧名義人と同一内容の一時使用をすることを許すとともに、売渡予約に基づき将来その売渡を受けるべき法的地位を認める反面、旧名義人については、従来耕作してきた土地の一時使用権とともに売渡予約者としての地位を消滅させるという法的効果を生ずる行政処分であると解すべきであり、いつたんそれが有効にされた以上、行政庁である岩手県知事はこれに拘束され、その処分が撤回されない限り、これに抵触する行政行為をすることは許されないものと解すべきところ、本件土地につき旧名義人である岩太郎に対してされた売渡処分は、右入植名義変更許可処分の拘束力に抵触するのみならず、右処分によつて本件土地の一時使用権者としての地位を取得し現に耕作している吉太郎をさしおいて、既に一時使用権を喪失し耕作者でなくなつた岩太郎に対しこれを売し渡したことになり、耕作者の地位の安定を目的とする農地法一条、三六条一項一号の規定の趣旨に照らし、その瑕疵は重大かつ明白であるとして、本件売渡処分は無効であると判断した。

三論旨は、本件入植名義の変更の許可は、法律の明文の規定に根拠を置くものではなく、農地法上何らの効力も生じないものであつて、これを有効な行政処分であると解した原審の判断には、農地法の規定の解釈を誤つた違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすものであるというのである。

よつて、判断するに、原審の確定した前記事実関係によれば、岩太郎は、本件土地につき未墾地入植許可を受けた者として現に自創法四一条の二による使用をしていた者にあたり、農地法施行法一一条により、買受予約申込書を提出し売渡予約書の交付を受けた者とみなされ、右予約上の権利を有していたものということができる。本件土地につき岩太郎から吉太郎に対する右入植名義の変更が許可されたのは、このような予約上の権利を有する地位の承継を認めようとしたものであり、同一家団内において経営の実体が変らない限り、経営主体の名義変更を認めても実質上の不当はなく、現にその必要もあるとの見地から行われたものとみられる。

しかしながら、農地法においては、右予約上の権利すなわち売渡予約書の交付を受けて当該土地を使用し得る権利を有する者の地位をそのまま他の者に承継させることを認めた規定はなく、かかる地位を取得しようとする者は、同法の定めるところに従い、改めて使用許可を得るための手続をとらなければならないと解されるのである。すなわち、同法によれば、六二条三項の規定による公示があつた地区内の六一条に掲げる土地等(本件土地は同条四号の土地に該当するものと解される。)を買い受けようとする者は、所定の買受予約申込書を都道府県知事に提出しなければならず(六三条)、知事は、右申込書の提出をした者で自作農として農業に精進する見込のある者のうちから都道府県開拓審議会の意見を聞いて適当と認められる者を選定し、その者に所定の売渡予約書を交付し(六四条)、右売渡予約書の交付を受けた者が知事に当該土地の使用の申込をした場合において、知事がこれを相当と認めたときは、国は、六一条の規定による売渡をするまでの間、当該土地をその者に使用させることができる(六八条)こととされている。このように、農地法は、右の土地につき売渡予約上の権利を付与しその一時使用を許すべき者の資格要件とその手続及び形式を明定しているところ、一般に、一定の法律効果の発生を目的とする行政庁の行為につき、法律がその要件、手続及び形式を具体的に定めている場合には、同様の効果を生ぜしめるために法律の定める手続、形式以外のそれによることは原則として認めない趣旨であると解するのが相当である。そうすると、農地法は、前記名義変更の許可のような形式、手続によつて前記のような売渡予約上の権利を有する地位を承継させることを認めておらず、右にみたような要件を具備し所定の手続を履践した者に対してのみ、前記のような予約上の権利を付与することとしたものというべきである。

原判決は、右名義変更の許可の措置をもつて、売渡予約上の権利を有する地位の承継を認めたものではなく、一方において、旧名義人に対しては予約上の権利を失わせ、他方において、新名義人に対しては売渡予約者としての地位を付与するところの、一種の複合的処分であるとしたものと解されないではないが、右のような複合的処分としての効力を肯認することは、農地法が予定している新名義人自身の売買予約者としての適格の具備の審査及び必要な手続の履践を全部又は一部省略することを許すことになるから、前述の農地法の規定の趣旨からみて、かかる見解はとうてい採用し難いものというほかはない。

以上を要するに、本件入植名義の変更の許可は、法律に根拠をもたず、専ら実際上の便宜のために打ち出された事実上の措置にすぎないものであつて、これについて前記のような予約上の権利を有する地位の移転ないし付与という効果を認めることはできないというべきである。

そうすると、右名義変更の許可を有効な行政処分と解し、これに反してされた本件売渡処分は無効であるとした原審の判断には、農地法の規定の解釈を誤つた違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるといわなければならない。論旨は理由があり、原判決中第四〇号事件上告人敗訴部分及び第三九号事件上告人ら敗訴部分のうち土地所有権確認請求に関する部分は、その余の論旨について判断するまでもなく、破棄を免れない。

そして、岩太郎に対する本件土地の売渡処分は、農地法の規定により売渡予約書の交付を受けていた岩太郎から提出された買受申込書に基づき、正規の手続に従つてされたものであることは、原審の確定した前記事実関係から明らかである。そうすると、右売渡処分は適法なものというべきであるから、その無効確認を求める吉太郎の請求を棄却した第一審判決は相当である。したがつて、右部分についての同人の控訴は理由がなく、これを棄却すべきである。また、第三九号事件上告人らの土地所有権(共有持分権)確認請求については、原審における請求の当否について更に審理を尽くさせるため、この部分を原審に差し戻すべきである。

附帯上告代理人佐々木衷、同壇崎喜作、同松本晁平の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、右判断は所論引用の判例に反するものでもない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。したがつて、本件附帯上告は棄却すべきである。

第三九号事件上告人中村ハルは、原判決中同上告人敗訴部分のうち建物所有権確認請求に関する部分につき、法定の上告理由書提出期間内に上告理由書を提出しなかつたから、右部分についての上告は、不適法としてこれを却下すべきである。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、四〇七条、三九九条ノ三、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(藤﨑萬里 谷口正孝 和田誠一 団藤重光 中村治朗)

上告代理人榊原孝の上告理由

右当事者間の仙台高等裁判所昭和五一年(行コ)第一〇号未墾地売渡処分無効確認、所有権確認等請求控訴事件の判決に対する上告について、上告人は次のとおり上告理由を提出する。

上告理由

原判決は、農地法の解釈適用を誤り、本件入植者名義変更許可は、本来法律上の効力がないのに有効な行政処分であると認定し、その結果、岩手県知事によつて、正規に基づき有効になされた亡岩太郎に対する本件土地売渡処分の効力につき、判決に影響のある事実ならびに法律上重大な誤判をしたものである。

一、岩手県において行われていた入植者名義変更許可は、事実上、便宜上の措置であつて、法律の定める明文の規定に根拠を置くものでないから、法律上当然にその効力を有すると認められるべきものではない。これを以て有効な行政処分であると認定する原判決には、右措置につき正当に評価さるべき法的性格、内容およびその法律上の効力につき法律の解釈適用を誤り、これを誤認した違法がある。

(一) 本件措置の法的性格について

岩手県において行われていた入植者名義変更なる行政上の措置は、農地法第六一条に定める国有地につき、自作農<編注・創設>特別措置法(以下自創法と略称)が施行されていた当時には同法第四一条、第四二条の規定に基づき、農地法が施行されてからは、同法第六四条の規定により売渡予約書の交付を受けた者、又は同法施行法第一一条の規定により売渡予約書の交付を受けた者とみなされる者で同法第六八条の規定により一時使用が認められている者に対し、少なくともその当初の頃においては右入植者が現に自ら開墾の業務に従事しておらず、将来もまた継続して農業に精進する見込がないと認められる場合には、当事者の希望により、従来入植者の名義を、法律に定める正規の手続によらないで、便宜現にその土地について耕作に従事しており、将来も継続して農業に従事する見込がある、従来入植者の近親縁故者に対し、(必ずしも相続人に限られていたものではない)その者の名義に変更することを認め、新名義人に対し、旧名義人が従来配分されていた土地の一時使用を認めるという事実上便宜上の措置であるから、それが自創法乃至農地法上の名ママ文に定められた規定に根拠を置くものでないことは明らかである。この点については、原判決も、「農地法には(中略)売渡を受ける法的地位の移転に関する規定はなく、入植者名義変更によつて売渡以前の法的地位の移転を認める行政的取扱は農地法の名ママ文の規定に根拠を置くものでないことを」を自ら認定している。(原判決一七枚目八行目以下)

岩手県における右措置は、全国的にも余り類例のない、事実上便宜上の取扱であつて、その法的効力が認められるべきでないことは、右許可が単に岩手県農林部長名でなされていること、およびその手続、形式においても、正規の行政処分としての必要な要件を具備していないことからも推認されるところである。

(二) 本件措置について原判決が認める内容とその法律的判断について

ところで、農地法には同法第六一条に規定する国有地の売渡につき、売渡予約書の交付をうけて、その土地を一時使用することが認められる者(入植者)の選定については、その手続につき、同法第六二条以下に明文を以てこれを規定しているのであるから、所管庁が、入植者を選定して、その者に対し土地の一時使用を認めるについては、厳に右手続に従うことを要し、これ以外の手続によることはできないものと解さるべきである。蓋し、農地法の上記規定は国有地の売渡につき、その公正妥当なるべきことを期する立法の趣旨によるものであつて、強行法的性格を有し、これに関する所管庁の自由裁量は許されないとみられるべきものであるからである。

原判決は、岩手県において行われていた入植者名義変更の許可はこれによつて、「自創法第四一条の二に基づいて入植地の一時使用をしている者(中略)に対し、売渡を受ける以前にその地位を譲渡することを許容し、(中略)、新名義人に対し、旧名義人と同一内容の一時使用を許し、あわせて、その耕作地について売渡予約に基づいて将来売渡を受けるべき法的地位(中略)を認める反面、旧名義人については、従来耕作してきた土地の一時使用権とともに売渡予約者としての地位を消滅させる行政処分であると解すべきである」(原判決一六枚目裏六行目以下)として右認定する内容は、明らかに入植者の売渡前の法的地位の移転変更に関し、法律の明文の規定に拠ること以外にこれを許容することはできない事項であるにかゝわらず、原判決は岩手県における名義変更許可は、これを内容とする行政処分であると認定するのであるから、右認定するところによれば結局において、右許可は、法律の明文に根拠を置かず法規に定める手続によらないで売渡前の入植者の法的地位を移転変更する行政処分であることに帰し、それは当然に違法乃至無効な処分であると判定すべきものであるのに、これを有効な行政処分であると解すべきものであると認定し、その理由として、岩手県で行われていた入植者名義変更許可は、変更を求める人的範囲が従前の旧名義人の相続人の範囲に限られ、変更の事由も老令または病気という特殊な場合に限られていること、と、農地法第一条所定の目的にてらし、農地法の目的に背反しないものであると認定して判示する。(原判決一七枚裏一行、二行目)

しかし、農地法はその明文によつて規定されているところ以外に、特殊な場合に限つては、その手続によらなくても法的効力のあることの例外を認めていると解さるべきではない。原判決は所詮、岩手県における入植者名義変更許可は、農地法の定める明文の規定によるものでないことを自認しながら、それは農地法の目的に背反しない特殊な場合、範囲も相続人に限定されてなされた行政処分であるから、例外的にこれを有効なる処分と解さるべきものとすることに帰するのであるが、蓋し、右認定には農地法の解釈適用を誤り、法規に認められない事項を認定して、処分の有効性を判定する違法があり、甚だ失当である。

なお、原判決が理由として認定する特殊な限定事項についても、岩手県において、名義変更が行われるにいたつた経緯とその時期およびその内容について、事実と相違し、証拠に基づかないで認定した違法がある。

岩手県における入植者名義変更の措置は、原判決の認定するような経緯事情から、昭和二七年頃以降にはじめて行われるようになつたものではなく、自創法施行中昭和二四、五年当時、入植者適格審査が行われた際、かなり大量におこなわれたことは弁論の全趣旨ならびに証拠上明らかなことであり、その事由は、必ずしも原判決が認定する「老令または病気という特殊な場合」丈でなく、むしろその大部分は入植者個々の適格性すなわち、農業に精進する意思薄弱と認められたことによるものであり、原判決が採用する第一審証人大谷敏子の証言によれば、甲第八号証に記載されている入植者人名のうち、二一名の者が右事由で名義変更になつており、これによる新名義人の範囲も必ずしも旧名義人の相続人に限定されていたものではなく、右二一名の名義変更人のうち、安藤英雄は妹に、佐々木重雄は弟に、工藤貞郎は弟に、伊藤けい太郎は伊藤いわお(相続人ではない)に、小泉省二は小泉トク(相続人ではない)に、照井直蔵は、菊池みつお(相続人ではない)にそれぐ名義が変更され、右六名については新名義人は旧名義人の相続人ではない。原判決は結局これについても証拠に基づかないで事実と相違する事実を認定したとの非難を免れない。

二、原判決は、本件入植者名義変更許可につき、行政処分の有効要件である申請当事者に対する通知または告知につき、明確な認定をせず、これを看過逸脱したまゝで、有効な行政処分の成立とその効力(拘束力)を判定するものであるから、行政処分の効力の発生乃至成立に関する必要な要件事実に対する認定を欠く理由不備の違法がある。

(一) 原判決は本件入植者名義変更については、単に「昭和三二年三月四日付で岩手県知事の許可するところとなり、同月一二日盛建第二六〇号を以て盛岡建設事務所長から観武ヶ原農業協同組合長宛に通知された。」事実を認定するだけである。(原判決一四枚目一行目から以下)

『本件入植者名義変更許可は、原判決の認定するところによれば新旧両名義人による出願申請に基づき、これに対するものであり、その内容はこれによつて、旧名義人は従来認められていた売渡前の現に耕作している土地について将来その売渡を受けるべき法的地位を喪失する反面新名義人においてこれを取得するという行政処分であるから、そうだとすれば、申請当事者にとつては重大な利害関係のある行政処分であることゝなる。してみれば右許可の内容につき、当事者に対し適式有効な通知または告知がなされなければならないことは蓋し当然であり、右措置がなされない限り、その行政処分は有効要件を欠くものであつて、本件処分は未だ有効に成立したということはできない。

観武ヶ原開拓農業協同組合は、亡岩太郎の所属する組合ではあるが、本件許可申請については、単にこゝを経由し、または伝達してもらう者(法人)にすぎず、右組合は申請当事者の代理人でもない。したがつて盛岡建設事務所長から右組合長宛に対してなされた判示通知だけでは、(甲第二号証には盛岡建設事務所長の職印の押印もないから、それは蓋し、内部的な連絡に過ぎないものと解さるべきである。)未だ申請当事者に対する通知または告知がなされたと言うことを得ず、もとより行政処分としての正規適式なる通知ではない。』

(二) 原判決は、右認定につゞいて「そのため、爾後は、被上告人が本件農地の耕作者であり、同農業組合の組合員として取扱われる反面、亡岩太郎やハルは被上告人の世帯員にすぎないことゝみなされることになり」(一四枚目表四行目)とその時点について極めて漠然とした事実を認定するが、亡岩太郎が同組合に出資している金一万二千円の持分口数を被上告人に譲渡して組合を脱退して組合員でなくなつた事実や証拠は全くなく、また同人が当時世帯主たる地位を失つて被上告人の世帯員に過ぎないとみなされた事実もなく、これについては原判決の「本件農地は亡岩太郎と被上告人の二つの世帯で開墾や耕作に従事した」(原判決一三枚目表)旨の自らの認定事実とも矛盾している。

つゞいて認定される開拓手帖や組合員手帳、借入金償還等の事実はずつと後のことであつて、少なくとも亡岩太郎は同人が昭和三二年三月二〇日付売渡通知書の交付をうけるにいたるまでは勿論のこと、その後も引続き本件名義変更許可の事実を知らず、書面による通知はもとより、その他何等の告知を受けた事実は全くない。丙第一四号証は、昭和四一年頃被上告人と紛議が生じ調停が行われた際はじめて見せられた文書である。

三、原判決は、本件農地につき亡岩太郎に対し、昭和三二年三月二〇日付売渡通知書の交付によつてなされた本件売渡処分には、重大かつ明白にして、かつその瑕疵が外観上も明らかな場合に該当するから、右売渡処分は無効であると判示される。

しかし、右判断には以下述べるように判決に影響をおよぼすべき事実ならびに法律の解釈適用上の誤りがあり、その結果、本件売渡処分の効力について重大の誤認をした違法がある。

(一) 原判決が、亡岩太郎に対する本件土地売渡処分につき判示瑕疵があると認定するについては、その前提として、原判決が、亡岩太郎らに対する判示昭和三二年三月四日付入植者名義変更につき、それは行政処分としての効力を有するものと云うべきであり、これによつて岩太郎は農地法上認められた本件土地の売渡を受けるべき地位を喪失し、被上告人においてこれを取得したものと認定することに由るものである。(原判決一八枚目表)

原判決の本件入植者名義変更許可に関する認定が、岩手県において行われていた入植者名義変更許可の法的性格、内容および法律上の効力について誤認したものであつて、右許可によつては入植者の売渡前の法的地位につき、原判決が認定するような効力があるものでないことについては本書面一、(一)、(二)、二、(一)、(二)、に詳述した通りであるから、すべてこれを引用する。

判示昭和三二年三月四日付入植者名義変更許可により、亡岩太郎は農地法上同人に認められた売渡前入植者の耕作地売渡を受くべき地位を喪失しておらず、被上告人においてこれを取得したものではないから、原判決がこれに反する事実を認定し、これに基づいてする本件売渡処分の効力、乃至、瑕疵に関する判断は結局において理由がない。

更に、仮に原判決の認定する事実が重要な法律要件であるとしても、それは結局本件入植者名義変更許可の法的効力に関する判断の結果によるものにすぎず、原判決がこれを認定したからと云つて、それ丈では未だこれを以て本件売渡処分について客観的に重大にしてかつ明白な瑕疵あることを認定する要件とすることはできず、況んや本件売渡処分の瑕疵が外観上も明らかなことを認定し得べきものではない。

(二) 亡岩太郎が農地法上正当な入植者であり、岩手県知事名により同人宛の知事職印の押捺がある正規の売渡通知書の交付を受けて本件土地の売渡を受けたものであることについては原判決もこれを認めるところである。そうだとすれば本件売渡処分は右処分夫自体について何等これを無効ならしめるが如き瑕疵あるものではない。原判決は、「開拓課内部の事務連絡の不行届があつたこと」を指摘するけれども、(原判決一六枚目裏三行目)それは事務処理課程の内部的な手続にすぎず、処分の効力に関するものでないことが明らかである。本件売渡処分は、実体的に形式的にも何等その要件において欠くるところのない客観的に有効な行政処分である。

ところが他方、岩手県において行われていた入植者名義変更の許可の手続について原判決の認定するところによると、それは岩手県農林部長名で処理され、建設事務所長名で所属開拓農業協同組合長宛に通知されるという取扱である。本件入植者名義変更許可については原判決は、「同年三月四日付で岩手県知事の許可するところとなり、同月一二日盛建第二六〇号をもつて盛岡建設事務所長から観武ヶ原開拓農業協同組会長宛に通知された。」(原判決一四枚目、表、一行目から四行目まで)と認定する丈である。原判決が認定する右事実もこれを確認すべき資料としては記録を通じて、甲第二号証書証がある丈であり、右書証は形式内容からみて公式文書であることは推認されるけれども、発信所管庁名下に職印も押捺されていない単に内部的事務連絡上の文書としかみられないものである。原判決が認定する名義変更許可の手続には、もとく申請当事者本人に対する通知を要件としているものでなく、本件の場合、原判決は、申請当事者たる亡岩太郎に対する通知はもとより告知された事実についても何等の認定をしていない。また亡岩太郎が少なくとも、本件売渡通知書の交付を受ける以前、それまでに告知された事実はなく、これに反する証拠もない。果してそうだとすると、右手続は、もはや行政処分が有効に成立するにいたる有効要件を欠くことが明らかであるが、原判決はこれに関する認定を欠き、単に甲第二号証文書の記載によつて、名義変更許可が行政庁内部において処理されたと推認される三月四日に右処分がなされたことを判示する丈で、右処分がいつ効力を有するにいたつたか、その時期については何等これを判示していない。してみれば原判決は、原判決が有効であり、その拘束力があると認定する本件三月四日付名義変更の行政処分につき、それが有効に成立した時期をも確定しないまゝで、同年三月二〇日付売渡通知書が交付された本件売渡処分との時期的前後を判定するものであり、判断それ自体、判断の基準を欠くものと云わなければならない。

原判決はこれを要するに、右手続によつてなされた、本件入植者名義変更許可の効力について、独自の判断をなし、これに基づいて、亡岩太郎に対する本件売渡処分の瑕疵を断ずるにすぎないものであるから、これを以て本件売渡処分につき、客観的に明白であり、且つ重大な瑕疵があり且つ、その瑕疵が外観上も明らかであるとすることはできず、所詮右判断には理由がない。

四、追記

(一) なお、本件売渡処分は、その手続が行政庁内部で処理されていた時点では、入植者台帳に記載された入植者名は亡岩太郎であり、これが、右時点で買受申込書記載人名と正しく照合されたことについては、第一審証人畠山高雄の証言によつて明らかであり、原判決も右入植者台帳に吉太郎(被上告人)名が記載されたのは、その後であることを認定されるが、記載された時期については明らかでない。

(二) 甲第五号証(診断書――それはその日付に徴し、書類が農業委員会に申達された一日後に作成されたものである)成立については亡岩太郎は第一審においてこれを否認し争つているが、その成立を認め得べき確実な証拠はない。少なくとも亡岩太郎は昭和三二年当時、六一才であり、健康で本件土地の耕作に従事していたもので、病気で労務に服し得ないという事実は全くない。それはその後同人が引続き、自ら農耕に従事し、昭和三七年右事実が認められて成耕検査に合格していることによつても推認されるところである。

(三) 亡岩太郎は、甲第三号証(名義変更願)、甲第四号証、甲第五号証の成立を否認している。これ等によつて亡岩太郎が昭和三二年二月一一日本件入植者名義変更願をしたと認められたとしても、亡岩太郎は、乙第五号証による買受申込にかゝる土地の現地各筆調査の際、その時点において自ら買受申込者であることを確認されて申込書に捺印し、厨川地区農業委員会における審査に際しても自ら買受申込人であることを認めていると推認され、又売渡通知書が自分宛に交付されても何等の異議もなく、従前と変りなく自ら農耕に従事して成耕検査にも合格しているところから、同人は、名義変更願を提出後、その意思を撤回したと推認さるべきこと第一審判決が認定する通りである。本件名義変更許可は補充的行為であつて、申請者の意思が撤回された以上、もはや独立してその効力があるものではない。

凡そ以上述べた理由により、原判決は破棄さるべきである。

上告代理人石川克二郎の上告理由

一、原判決は法令適用の誤がある。

(一) 原判決認定の如く農地法には第七三条に土地の売渡を受けた者の権利の移転に関する規定は存するが売渡を受ける以前の法的地位の移転に関する規定は存在しない。

本件において中村岩太郎は自創法施行当時に入植の許可を得ていたので農地法施行法第一一条により売渡予約書の交付を受けたものとみなされた同法第六八条の規定により開墾地の一時使用していた者である。同人は昭和三一年一二月頃同法第六五条により買受の申込を農業委員会を経由して上告人岩手県知事にしたのであるから上告人岩手県知事が同法第六七条により同人に対し売渡通知書を交付して売渡したのは農地法に基づく当然の手続であつて何等無効でない。

(二) 中村岩太郎でなく被上告人に売渡すためには同人が離農手続をとることによつて売渡予約の権利を放棄し一方被上告人が農地法に基づき買受予約申込書を提出しこれに対し上告人岩手県知事は同法六四条により岩手県開拓審議会の意見をきいて適当と認めた場合に売渡予約書を交付し、更に被上告人から上告人岩手県知事に対し同法第六五条の買受申込書が提出されなければならない。

これらの一連の手続は農地法に定められている通り厳格に行わなければならない。農地法は強行法規でありこれに違反する手続は違法で許されない。

(三) 然るに原判決は農地法の規定によらない入植名義変更は有効であり入植名義変更許可により旧名義人の一時使用権と売渡予約者としての地位は消滅し、一方新名義人について旧名義人と同一内容の一時使用を許可し、あわせて売渡予約者としての地位を認める処分であると解している。これは明らかに農地法の解釈適用を誤まつたものである。

特に売渡予約者となるためには同法六四条により岩手県開拓審議会の意見をきくことと県知事より売渡予約書を交付するという手続が絶対的に必要であるに拘らずこれを全く欠くことは許されないところである。

(四) そもそも岩手県で行われていた名義変更手続なるものは入植名義人から病気老令等を理由に自己の相続人たる妻又は子に直接売渡して欲しい旨の申請があつた場合、上告人岩手県知事は右両者間に紛争のないことを前提とし将来の所有権移転登記又は相続登記等の手続費用を軽減してやることを目的として農地法の手続によらず、便宜的な取扱として新名義人に直接売渡したことにしこれに所有権移転登記を行つていたものである。これは旧名義人に買受適格のあることを前提として中間省略登記の趣旨で直接新名義人に売渡及び所有権移転登記を行つていたものであり名義変更許可によつて旧名義人の買受適格を取消す趣旨のものではない。

上告人岩手県知事が右便宜的、違法手続により新名義人に売渡をすることなく農地法の手続を守つて原則通り旧名義人に売渡しても無効とはならない。

若し仮に被上告人が中村岩太郎から本件土地を譲受ける約定であつたとすれば、中村岩太郎が口から売渡を受けた後において同人から更に本件土地を譲受けることによつてその目的を達することができ何等被上告人の権利を侵害する不利益な結果にはならない。

以上の理由により農地法に違反する名義変更手続を有効としたのは農地法の解釈を誤まつた違法があり原判決は破棄さるべきである。

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